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ふくいおみやげてぬぐい 作りました!///20160401 / 01:40 / 雑貨 /

お土産に買っても嬉しい貰っても嬉しい
あると何かと重宝する「ふくいおみやげてぬぐい」始めました!






左から「永平寺ラブ」 と 「道元禅師のうた」 と 「えちてつトリコロール」 の3種類。

デザインはウィギーカンパニーさんにお願いしました!


「えちてつトリコロール」

青・白・黄の三色(=トリコロール)の幾何学ボーダー柄。
電車柄ではないのですが
この配色・・なんか・・思い出す・・あ・・えちてつか・・!という
見てると何故かえちてつに乗りたくなる!
持ってるとなんとなくえちてつ好きを主張できる(^^)手ぬぐいです!


「永平寺ラブ」「道元禅師のうた」には

道元禅師の漢詩が入っています。





道元禅師は「正法眼蔵」「永平広録」という大著を残されていますが
どちらも難解で何巻もあって・・何が書かれているかということもなかなか分かりません。

ですが、七言絶句の漢詩だけみると
道元禅師のことがパッと分かるような気がします。
詩としても美しくてとても豊かな世界を感じます。


これは面白いなあ!と思いまして^^

特に好きなものを2つ手ぬぐいにさせていただきました。

「道元禅師のうた」のほうにはこんな詩を。


雪覆蘆花不染塵    雪蘆花を覆って塵に染まず    
風光占断属当人    風光占断して当人に属す     
寒梅一点芳心綻    寒梅一点芳心綻び        
喚起劫壺空処春    喚起す劫壺空処の春       


この句は、道元禅師の留学時代のお師匠さんである如浄禅師を偲ばれているのではないかなあと思っています。

如浄禅師は、道元禅師が「身心脱落」と言った悟りの境地を「心塵脱落」と言いました。
心の塵(五欲・五蘊)が脱落すると悟りに至るということですが
この塵がないということを第1句に詠まれているのだなあと思います。

また、道元禅師は如浄禅師の「風玲頌」という偈頌を大変好まれました。

渾身口に似て虚空に掛かれり
問わず東西南北の風
一等に他と般若を談ず
滴丁東了滴丁東

これが第2句の「風光占断属当人」そのもののように感じます。
そこから梅の花に気づいて涅槃の境地のような春を思われているところが
道元禅師ならではと思われます。
道元禅師の漢詩は「喜び」を詠まれていることが多く読んでいて楽しくなります。



もうひとつ「永平寺ラブ」のほうは

夜坐更闌眠未至   夜坐更闌けて眠り未だ至らず
弥知弁道可山林   いよいよ知る弁道は山林なるべし
渓声入耳月穿眼   渓声耳に入り月眼を穿つ 
此外更無一念心   このほか更に一念の心無し 


永平寺の、夜の僧堂で座禅しているときの心境かなと思われます。
仏道の修行(弁道)はやっぱ山林(永平寺)でしょという

道元禅師の永平寺愛の詩なのです・笑



番外編で
よければもうひとつ
こんな詩もオススメ。


重陽与兄弟言志   重陽に兄弟と志を言う

去年九月此中去   去年九月此の中より去る
九月今年自此来   九月今年此れより来たる
休憶去来年月日   去来年月日を憶うことを休みね
歓看叢裡菊花開   歓び看る叢裡菊花開けたり


重陽の節句は去年も来て 今年もまたやって来た
月日が経つのを思うことはやめて
ただ今草むらの中に菊の花が咲いているのを喜ぼうではないか。


「去る」と「来る」と「此れ」という字が繰り返されて
「今」「年月日」という文字といっしょに
時間の流れが感じられて、
たった今一瞬菊の花が開いているということが強調されて
菊の花の映像が鮮明に脳に浮かびます。
こんな風に抽象的概念の文字を駆使して時間を表現されるのが
とてもカッコよいといいますか
現代的に感じます。

重陽の節句を歌う場合は、友情がテーマになることが多いのですが
後世の五山文学などでは友情をテーマに
友達が約束したのに遊びに来てくれなくて悲しい・・みたいなめめしい漢詩があったりして・笑
お坊さんなのにちょっと恨みがましいよなあなんて思ってしまうのですが・笑
道元禅師はそんなことも仰らなくて、潔く、カッコよいのです・笑




永平寺は大変厳しい修行道場で、装飾のない無駄をそぎ落としたような空間のお寺です。
京都や奈良の雅やかな、国宝重文の仏像が何体もあるようなお寺に比べると見ごたえがないかもしれません。

しかし道元禅師は厳しい自然環境の山林の修行道場を好まれていました。
それは道元禅師の心の中が、詩に見るように豊かで充実されていたからこそかもしれません。

道元禅師の漢詩から、その心境を伺いながら永平寺観光をされると
ちょっと違った味わいになるかもしれません。



そこで、さらに道元禅師の詩を楽しまれたいという方にはこちらをオススメ。
(店内にあります)



和歌もあります。道元禅師は異母兄の源通具に育てられています。
源通具は新古今集選者のひとりでしたので、
それで道元禅師も和歌や漢詩がお上手だったのかもしれませんね。


道元禅師の漢詩のほとんどは「永平広録」の中に入っていて教義のおまけみたいな形(偈頌)になってます。
この「永平広録」も最近は現代語訳が多く、漢詩自体も訳されてしまっていたり
原文記載があっても一行で掲載されていて
いまひとつしっかり詩自体を味わえるようになっていないのが残念ですが

真ん中の本のように漢詩だけをまとめた本もあります。
でもこれは第10巻だけをまとめていて、しかもやっぱりの一行掲載なので
ちょっと物足りなくはあります・・。


(できれば店主は7言絶句の詩なら7文字行区切りで堪能したいのです)


曹洞宗は座禅することを大事にされるからなのか
道元禅師の漢詩があまり有名でないように思うんですね・・・。
お坊さんの世界では違うでしょうが
一般では良寛さんのほうが知られているのではないでしょうか。

他宗では
臨済宗では漢詩が盛んで「五山文学」ですとか、一休さんの「狂運集」が有名です。
真言宗の空海さんも「性霊集」が有名です。

でも店主はこれらをまとめて唐詩選を足したとしても
道元禅師の漢詩が一番好きかもしれません。

現代人にも感覚の合う詩だと思うのです。



chottoのてぬぐいをきっかけに
道元禅師の漢詩に興味を持ってくれる人がいらっしゃったら嬉しいな!



海外の方で、漢字を好まれて漢字Tシャツなんて着られてる方も多い昨今ですが
そんな方にもオススメしたいてぬぐいです!










 
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